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和歌山簡易裁判所 昭和37年(ろ)233号 判決 1963年4月18日

被告人 和中俊明

大五・三・八生 旅館業

主文

被告人を罰金一万円に処する

右罰金を完納しないときは金五百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する

公職選挙法第二百五十二条第一項に規定する被告人の選挙権及び被選挙権を有しない期間は之を三年に短縮する

理由

一、罪となるべき事実

被告人は昭和三十七年七月一日施行の参議院議員選挙に際し畠山鶴吉が全国から立候補する決意を有することを知り同人に当選を得しめる目的をもつて同人の立候補届出前である同年四月二十日頃和歌山市新和歌浦一、四八二番地新和歌浦観光旅館組合事務所等において保脇博士外十名に対し右畠山鶴吉の写真入り名刺約三百枚同人の後援会趣意書約十一枚、同人の写真入りポスター約十一枚を配る等して同人えの投票並に投票取りまとめを依頼し以て立候補届出前の選挙運動をしたものである。

二、証拠の標目(略)

三、被告人、弁護人の主張に付ての判断

被告人は選挙運動をする意思がなかつたのであるが新和歌浦観光旅館組合長をしているため上部から流されてきたものをそのまゝ下部組合員に機械的に流したものにすぎないからその意思なく無罪であると主張すれども公職選挙の立候補者又は立候補の決意を有する者に当選を得しめるためにする一切の行為就中投票並に投票取りまとめを依頼するものと認めらるゝ各種の行為は所謂選挙運動であつて犯罪の故意は右各行為の認識あれば足るものと解するので被告人が畠山鶴吉の写真入り名刺や同人の後援会趣意書、及同人の写真入りポスターを保脇博士外十名に配つた行為は即ち同人に当選を得しめるために有権者の投票並に投票取りまとめを頼む行為であつて被告人の意思によつて右文書を配つたものである以上被告人に右選挙運動行為に付その故意がなかつたと謂うことはできない。

又弁護人は公職選挙法第二百五十二条第一項に規定する選挙権被選挙権を停止すると言うことは憲法に違反する即ち公職選挙法第十一条が一般犯罪による処刑者に付刑の執行猶予中の者及罰金処刑者に選挙権被選挙権の欠格者とせず禁錮以上の処刑者でもその執行を終ると共に直ちに公権を回復させるが選挙犯罪による処刑者に付ては公職選挙法第二五一条第一項に於て禁錮以上の処刑者に対し長期の停止期間を定め刑の執行猶予者に対してもその期間中公権を停止し罰金処刑者でも刑の確定の時から五年間公権を停止するものと定めて居るがかかる規定は選挙権被選挙権に関し一般犯罪処刑者と選挙犯罪処刑者との間に社会的身分によつて不条理な差別をなしたもので憲法第十四条同第四十四条に違反するものと言わなければならない。憲法の右各条規が強く保障している選挙権は主権在民の日本国憲法のもとに於ては国民にとつて最も重大参政権の一つで最も大切な基本権であるからこれ等の例外を認めて国民の或る者に差別するとしてもその差別は合理的で何人も納得できる最少限度のものでなければならない。公職選挙法第十一条第一項が定めている一般犯罪処刑者の差別待遇は理由のあるやむを得ないものであつて国民一般との関係に於て同条項程度の差別を設けても憲法違反と言うべき程度ではないであろう。しかし犯罪処刑者を欠格者とすることはせいぜいこの程度の差別に限定せらるべきであつてその限度を越える差別規定は憲法に牴触するものと考へる。

公職選挙法第十一条第二項によれば選挙犯罪処刑者に対する選挙権及び被選挙権の停止は同法第二五二条の定めるところによるものとされ同条第一項第二項において厳しい特別規定がおかれているが斯くの如きは選挙犯罪処刑者なる故を以て限度を超えてこれ等の者の参政権を奪うことは憲法の保障する国民の基本権を犯すものであつて理由のない差別である。選挙の公正が厳しゆくに保持せられなければならないことは言うまでもないことであるがしかしそのことを重視するあまり一般犯罪処刑者と選挙犯罪処刑者との間に差別を設け後者に付ては罰金刑処刑者に対してまでもその選挙権被選挙権を停止する定めをすることは選挙制度として行き過ぎである。反対意見もあるがそれは現行憲法のもとでは旧憲法と本質的に異つているものであることを過少評価しており又旧憲法の末期に加えられた旧衆議院議員選挙法第一三七条の規定が憲法の施行後も尚そのまま公職選挙法第二五二条として踏襲されていることを考へずただ選挙の公正保持の必要性を過重評価し超へてはならない限界を逸脱している右第二五二条第一項第二項の条項を強いて合理化しようとするものである。日本国民は主権者であつてその本領に参政権によつて実現せらるるものであり選挙権こそはその中心をなすものと言わなければならない。しかるに選挙犯罪処刑者であるからといつて処刑者たることに於て同様の地位にある一般犯罪者と差別した処遇をなすことは主権者としての国民の能動的地位を不当に長期間うばうものであつて民主々義憲法の大趣旨にそわないものである。この様に見ていくと選挙犯罪処刑者の選挙権及び被選挙権の停止を定めた公職選挙法の特別規定は憲法の条規に牴触するものであると考えられる。従て本件について公職選挙法第二五二条第一項を適用して被告人の選挙権及び被選挙権を停止することは憲法に違反するものと信ずると指称すれども公職選挙法は憲法第四十四条が両議院議員及びその選挙人の資格は法律で定めると規定しているのを受けその第二章に選挙権及び被選挙権を規定しその第十一条で選挙権及び被選挙権を有しない者を定め第一項で禁治産と一般犯罪処刑者を夫々規定しているので公職選挙法第二百五十二条が形式上憲法の規定に背反する規定であるということはできないが憲法第四十四条但書によれば選挙人被選挙人の資格を定める法律は人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならないと規定しているので公職選挙法第十一条乃至第二百五十二条の規定が右憲法第四十四条但書の規定に違反するか否かに付て更に検討するに右但書に所謂社会的身分とは華士族平民等旧時代に存在した人の生来の分限である社会的な地位を指称し各人の犯罪行為によつて処刑されて生ずる処刑者なる地位を指称するものではないと解するので犯罪処刑者は右但書に規定する社会的身分に該当するものではない。その他右但書中犯罪処刑者を差別禁止の中に含めるような規定はないので選挙人被選挙人の消極的資格を設けた公職選挙法の規定が犯罪処刑者を差別し憲法第四十四条但書の規定に牴触するということは出来ない。尚この点について一般犯罪処刑者と選挙犯罪処刑者とを区別して論議する実益はないが公職選挙法上右両処刑者を区別して処遇するのは特定の選挙犯罪処刑者に一定の期間選挙権及び被選挙権を停止し右処刑者並に一般選挙人の反省を促し以て選挙の公正を期し正常な民主々義議会制度の確立を希求する憲法の趣旨を達成せんとする目的に出てたものであつて単なる旧衆議院議員選挙法の規定を公職選挙法第二百五十二条として踏襲規定したものと解することはできない。

従て右公職選挙法第二百五十二条の規定をもつて憲法の条項に牴触する無効の規定であると指称する弁護人の主張は採れない。

四、法令の適用

判示被告人の所為は公職選挙法第百二十九条第二百三十九条第一号罰金等臨時措置法第二条に該当するので右各法条を適用し所定刑中罰金刑を選択して主文の罰金額を量定し公職選挙法第二百五十二条第四項に則り被告人の情状を酌み選挙権被選挙権を有しない期間は之を三年に短縮するを相当と認め更に罰金を完納しないときの労役場留置について刑法第十八条を適用し主文の如く判決する。

(裁判官 宇都宮綱久)

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